夢野まきとは?

薬剤師の仕事がつらい日々から抜け出した方法。

 

こんにちは。ドリームデザイナーの夢野まきです。

 

私がなぜ薬剤師という道をやめて、自分で自分のビジネスをもつようになったのかという過去のエピソードを紹介して行きます。

 

「薬剤師」のお金事情

 

薬剤師になると決めた時私が一番期待したのは「お金」です。

 

シングルマザーになった母から、「薬剤師はお金がいいよ」と言われていたので、私は迷わず薬学部の道を選びました。

 

多少、医療ドラマをみて、医療の世界ってかっこいいなと思っていましたが、正直言って、患者さんのためとかは2の次でした。一番の理由はやっぱりお金。

 

医療ドラマの影響から、私が最初に就職したのは病院でした。

 

医療ドラマのような活躍は全然できないけど、それでも「病院勤め」という響きはとても心地よかったです。合コンでも喰いついてもらえる格好のネタでした。

 

ですが、初任給は18万円。給料明細をもらった時に目を疑いました。

 

当時は実家に住んでいたので家賃などはなかったのですが、それでも家にお金を入れたり、飲み会に言ったり、服を買ったり、自分の趣味にお金を使えば、あっという間に無くなります。

 

私は、夢だった「母親に初任給で高級寿司をプレゼントすること」は叶わずにお金は全て自分のために消えていきました。

 

よく言われる高給取りはいわばドラックストアにいる薬剤師のことです。その次が薬局。病院は一番給料は安いです。

 

ですが最初から初任給が高いと、そこから上がっていくことはほぼない給与形態です。

 

拘束時間も長い、休みがない、という業態なんて、、お金がいいのはわかってたけど、そうまでしないと薬剤師という職業は稼げないわけ?と思うと、だんだん仕事に対して「頑張ろう」というように思えなくなってしまいました。

 

薬剤師の給料はもっと下がる?

 

今の医療に置いて、薬にかかる費用が大半を占めています。医療費は今後も増大していく一方。

 

ただえさえ、医療費を賄うために増税などはしていますが、それも限界がありますよね。

 

だから薬局に対し、国からお金を払う金額を減らすような基本料の改定などが2年に1度行われています。

 

今後薬剤師に対する風当りまますます強くなると言われています。

 

薬局の収入が保てない分、薬剤師の給料は下がっていく可能性が大きいと感じ、「ただでさえ給料少ないのに、もっと減ったらやばい」と危機感を覚えました。

 

一生薬剤師でしか生きていけないのか・・・?

 

高給取りだと思ってあまり深く考えずに決めた薬剤師という道。

 

受験勉強に費やした2年間と、卒業までの6年間は確かに薬剤師になるために必死で勉強していました。

 

ですが、このたったの8年間で、私の一生の仕事が決まってしまったような感覚に襲われました。

 

高給取りではないという話をしましたが、それでも普通のOLさんよりはいいと思います。ですが、こちらはかけている学費も相当のものですから、全然学費を回収することすらままなりません。

 

私が学費に費やしたのはおよそ3000万円。なのに年収は330万円。かけた時間も医者と同じ。だけど医者よりは圧倒的に地位は低く、給料も低い。

 

かけた時間と金額に対し、もらえる金額ってそんなもの・・・?

 

でもしょうがないのかな。だって私たちより給料が低くて苦しんでる人たちはいる。それより少しでも多いだけましなのかも。。。そう思うと、薬剤師以外の選択肢を選べなくなっていきました。

 

仕事が終わらなくて終電の日々。

 

仕事の内容は「薬」を扱う仕事です。薬に関しての仕事は全てやらなくてはいけません。

 

点滴の準備、飲み薬の準備、患者さんが入院してきた時に持ってきた薬の内容の確認、入院病棟の患者さんの薬を看護師さんが運びやすくする準備、退院の時に持って帰る薬の準備、病院から退院した後に行きつけの薬局に情報が提供できるような書類作り。

 

定時は8:30ー17:00でしたが、17時に仕事が終わることなんて1度もありませんでした。

 

先輩も仕事がめちゃくちゃ残っている状態。いつも終電近くまで仕事をしていました。帰りたくても先輩が残っていて帰れないという状況も何度もありました。1時過ぎに帰って、2時に寝て、6時には起きて仕事にいく。体力の限界でした。

 

そして、業務の中には夜勤もあります。

 

夜勤は24時間勤務でした。24時間なので、もちろん夜中何事もなければ寝ても良いのですが、夜中も看護師さんが薬を取りに来たり、救急車で運ばれてきた急患の薬を準備、お渡しに行かなければなりません。

 

PHSで呼び出されるのですが、気が張ってなかなか寝付けません。寝られたとしてもすぐに起こさるという繰り返しで、全く体が休まりませんでした。

 

それでも朝7時ごろからはもう起きて、点滴を病棟に持っていかなければなりません。

 

パソコンの電源を入れて、1日の業務の準備。8時には帰れるはずでしたが、新人の私はそのまま朝先輩から色々と指導を受け、帰れるのがお昼過ぎることがよくありました。

 

もう疲れた・・・。早く帰りたい。それがいつもの私の願いでした。

 

先輩からの重圧

 

私が就職した時代はどこも人手不足が騒がれていた時代です。

 

面接受ければだいたい合格します。私もその1人でした。特に一生懸命就活をしたわけではなく、ただ近いからという理由で選んだこの病院ももれなく人手不足でした。

 

1年目の雑務がすごく多かったんですよね。仕事の内容も多かったですが、さらに薬剤師じゃなくてもできる仕事も私たちの仕事でした。

 

さらに「練習だから」「早く1人前に」と言われ、先輩の仕事を押し付けられ終電を逃すことも多くて、、、

 

もうまじで仕事行きたくない状況でした。

 

中途採用で入って来た先輩の自殺

 

私が病院に勤めていた時、中途採用で入って来た先輩が病院を無断欠勤をしました。

 

おっとりした人で、先輩方からは色々厳しく注意されていることも多いようでした。

 

辛かったんだと思います。病院の薬を持ち出して、自宅で亡くなっていたと警察から連絡がありました。

 

私は正直言って人ごとではありませんでした。

 

薬剤師になっても、全然幸せじゃないことってあるんだ。今の私みたい。私もいつかこうやって楽になろうと思うのかな。なんていう漠然とした不安感。

 

極度の寝不足が私の頭を戸惑わせました。

 

「薬剤師が辛い」→「でもお金もかけたしやめられない」→「でも薬剤師が辛い」→・・・

 

私を苦しめていたのは「資格」でした。

 

うまく生かして仕事をしようとしたのに、資格にしばられてしまいました。

 

そこで出会ったのが「自分でビジネスを立ち上げる方法」です。

 

自分でビジネスを持った方が「資格」にとらわれることなく、好きなことをして、収入にも限りがない。

 

そこからが私の「Dream Designer」への第一歩となるのでした。